大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)3594号 判決
原告
竹本こと長尾たね子
代理人
加藤充
佐藤哲
土田嘉平
被告
梅田シゲ子
被告
梅田道雄
第一、主 文
一、被告らは各自原告に対し、金八八九、二五四円およびこれに対する昭和三七年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。
三、この判決一項は仮に執行することができる。
四、ただし、被告がそれぞれ金四〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、その被告に対する右仮執行を免れることができる。
第二、本訴申立
「主文一、二、三項同旨」
第三、争いない事実
一、本件自動車傷害事故発生
発生時 昭和三六年一二月一日午後一一時三〇分頃(雨天)
発生地 大阪市天王寺区筆ケ崎町八番地先、市電軌道敷併用路上
事故車 被告シゲ子所有のプリンス五九年型、自家用乗用車、大五せ八六〇六号
運転者 被告道雄(被告シゲ子の子)
受傷者 原告(右自動車に同乗中)
態 様 道雄は右路上を北進中雨で濡れた軌道面でスリツプして進行方向左側にすべり、左側にあつた木製電柱に自動車中央部を激突させて大破し、そのため、原告は受傷した。
第四、争 点
一、原告の主張
(一)、責任原因
本件事故は被告道雄が雨天の際の注意義務を怠り、スリツプ防止のために減速すべきなのに時速約四〇キロで走行した過失により発生したもので、被告道雄は自己の過失による不法行為責任として、また被告シゲ子は本件自動車を保有し、同居の一人息子である被告道雄に常時運転を許容していたから、運行の用に供していた者の責任として、それぞれ原告に生じた損害を賠償しなければならない。
(二)、損害の発生
1、傷害の内容
頭部打撲症。頭蓋内出血。右頬部、下顎部切創、挫創。
2、後遣症状
(イ)、顔面瘢痕形成
第一回表皮剥離手術、昭和三七年四月
第二回表皮剥離手術同年七月
(ロ)、左上下肢軽度不全麻痺
(ハ)、神経性耳鳴、両耳管狭窄症
(ニ)、左眼内直筋不全麻痺の疑
3、損害の数額 合計金八八九、二五四円
(イ)、療養費 金三八、七三四円
内訳 警察病院 一六、八二七円
(三七・二・一七〜三七・六・一四)
阪大病院 一八、五〇五円
(三七・二・一七〜三七・七・一〇)
雑 費 三、四〇二円
(ロ)、通院交通費 金一七、五二〇円
(ハ)、逸失利益 金三三三、〇〇〇円
事故当時早川電気株式会社工員として日給金三七〇円の支給を受け、一ケ月二五日稼働して月収金九、二五〇円を得ていたところ、事故により稼働不可能となり昭和三六年一二月二日から昭和三九年一二月一日まで三六ケ月間少くとも右相当金額乃至それを下らない収益を失つた。
(ニ)、慰藉料 金五〇〇、〇〇〇円
顔面瘢痕整形手術は容易でなく断念せざるを得ず、また、頸部、上下肢チエツク性発作、耳鳴、左眼内直筋不全麻痺などは長期間の経過をへての自然治癒を待つ外ない。妊娠時にも差支えがあつた。事故時から三七年二月まで約三ケ月入院の後、さらに三九年一月頃まで通院治療を要した。
二、被告らの主張
(一)、被告らの無責
1、被告道雄の無過失
被告道雄は細心の注意を以て、時速も三五キロ程度で走行したが、降雨と道路状況のため、やむを得ず事故発生をみたもので不可抗力というほかない。
2、被告シゲ子は当該運行の運行者に当らない。
本件事故は被告シゲ子の業務に関して起つたものでなく、被告道雄の使用主でもなく、また第三者を同乗せしむることなきよう常々警告を発していたのに、被告道雄が無断で原告を同乗して運転していたもので、かかる場合、車所有者である被告シゲ子は自動車損害賠償保障法第三条に所謂運行者の責任を負担しないものである。
3、所謂好意運転で、原告は第三者としての保護を受けない。
当時被告道雄は、原告からのたつての依頼でやむなく無償で原告を同乗せしめたもので、かかる場合は、原告は自動車損害賠償保障法第三条はおろか一般不法行為責任を追求できる第三者には該当しないものである。
4、被告シゲ子の無過失
仮に被告シゲ子が運行者に当り、原告が自動車事故責任を追求し得る地位にあるとしても、被告シゲ子は被告道雄の監督を怠つていなかつた。
5、自動車の無瑕疵
本件自動車に構造上の欠陥もしくは機能上の障害もなかつた。
(二)、過失相殺
かりに被告らに何らかの事故責任があるとしても、前述のように原告が危険発生の可能性を許容して、たつての依頼の上自ら同乗に及んだ上の事故であるから過失相殺すべき事案である。
第五、証拠≪省略≫
第六、争点に対する判断
一、本件自動車事故の責任原因
原告主張(第四の一の(一))のとおり、被告らの事故責任が認められる。すなわち、被告道雄は雨天で路面の濡れた軌道併用路での前側方の注意義務を欠き、右状況ではかなり危険な時速四〇キロ前後のスピードで走行した過失があつた。
また、本件自動車は、アパート経営により一家を主宰する被告シゲ子がその扶養する同居の実子被告道雄の通学などのため買い与え、運転させていたもので、所有名義は母、シゲ子のもので車の走行管理に関する費用も一切母が負担していた。また道雄は母にたのまれ、家事などの雑用のためにも車を使用していた。
ところで運行者責任とは、自動車の構造機能の特質と、運転という人間の心身にわたる行為とが結びついた人間工学的な系としての運行に伴つて予測される危険に対処すべき社会構造的関聯における支配管理制御の責任を問うものである。従つて右記認定のような事実関係においては、経済的社会的構造上の現実の単位である家族の主宰者として、母シゲ子は、その保有する本件自動車について、成年未成年の別、責任能力の有無にかかわらず、日常同居して現実に扶養していた子、道雄に許容している運転に対しては家族使用目的ともいうべき運転の範囲にあるものとして当然その管理制御の責任を抽象的、具体的に負つているものというべく、当該運転により生じた事故の責任を自動車損害賠償保障法第三条からして免がれることはできない。
さて、被告らは、本件事故は原告の依頼による好意運転中のもので原告は事故責任を追求し得る立場にないと主張するけれども、たとえ、好意により無償で同乗せしめたとしても、運転者として安全に輸送すべき義務は変りないし、従つてまた原告が自動車損害賠償保障法第三条により保護を受くべき他人に当ることもいうまでもない。従つて被告らの責任を否定し得べくもない。
(資料、甲第一号証、証人河田広幸、同長尾正純、同西川功、原被告ら本人の各供述)
二、損害の発生
原告主張(第四の一の(二))のとおりの損害発生が認められる。
なお本件事故による損害は右のほか、すでに被告らが支払つた治療費金二七〇、〇〇〇円、自動車損害保険金等によつて充当された入院中雑費金三〇、〇〇〇円がある。
なおまた逸失利益の算定については、早川電機在職予定期間の喪失のほか、結婚後の家内職ズボン仕立業就労不可能の分についても少くとも右会社の日給を下らない収益を失つたものとした。
(資料、甲第二乃至第一八号証、検甲第一、二号証、証人長尾正純原告、被告らの各供述、弁論の全趣旨)
三、過失相殺は認められない。
当然事故発生の危険が予測できる異常な車、道路、運転者の状態を知悉しながら、その事故発生の危険性を容認してたつて依頼、同乗した場合には、同乗した者にも危険負担を分配せしむべく過失相殺が適用されねばならないが、本件事案にはそのような特別の事情が認定できないので、過失相殺の被告の主張は当らない。
四、結論
そうすると被告らに対し各自、主文第一項掲記の金額にみつるまでの自動車事故責任による損害金ならびにその損害発生後の遅延損害金の支払を求める本訴請求はすべて理由がある。
訴訟費用は敗訴者である被告らの負担とし、仮執行に関する宣言を付した。
(舟本信光)